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沖縄ニライカナイツアー エピローグ

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今日の昼間は、都内にある近所のお寺、「池上本門寺」に、一人で花見をしてきました。

なんとなく、桜の花を眺めながら、いろいろなことを、考えながら、散歩したくなったのです。

 

 

とても綺麗に咲き誇っていました。

 

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「沖縄ニライカナイツアー」を、最後で読んでいただき、ありがとうございます。

たくさんの感想メールにも感謝です。

 

 

さて、オマケの話題です。

スポーツを終えた後のクールダウンのように、軽く読み流してくださいね。

 

 

 

今回の旅行記のオマケは、「空手」の話です。

 

 

まず、「空手」の歴史から、沖縄を見てみましょう。


沖縄には、素晴らしい文化が、たくさんあります。


沖縄料理、琉球舞踊、琉球空手、歌、楽器、伝統工芸、陶器、着物など。
その中でも、「空手」は、ユニークな文化だと思います。

外国に行った時に、「OKINAWA」と言っても、わからない人のほうが多いです。
「JAPAN」は、知っているけど、「OKINAWA」は、知らないのです。

でも、「KARATE」と言えば、たくさんの人が、知っています。

 

2020年の東京オリンピックでも、競技として採用されましたね。

これも、今から楽しみです。


沖縄本島にある城址公園を訪れると、よくわかるように、沖縄は、外からの防衛に対して、常に気を付けていました。

しかし、これだけ、島中に城を築き、監視の目を光らせていたのに、関ケ原の戦が終わって、しばらくしてから、1609年に、琉球国王の居城である首里城が、薩摩軍に占拠され、島津藩の支配下に置かれます。
細かい記述は省略しますが、島津藩は、当時の琉球に対して、豊臣秀吉がやったように、「検地と刀狩」をやったそうです。
つまり、琉球の人たちは、武器を持てなくなったのです。


琉球には、かなり昔から、「手(てぃ~)」と呼ばれた、沖縄古来の武術があったようです。
ある時期から、琉球王国と中国との進貢貿易によって、中国から伝わった中国拳法と融合して、「唐手(からて)」となったと言われています。


その後で、薩摩藩からの刀狩によって、武器を取り上げれたために、ますます、その技術に磨きがかかったようです。
それが、「空手」の始まりだと言われています。


薩摩藩には、手足を武器にしていることが、わかると処罰される可能性もあったために、空手を学ぶ人たちは、夜中に、こっそり修練していたようです。
巻き藁なども、隠れて突いていたようなのです。


場合によっては、空手を修練していることを、家族にも内緒にしている人たちもいて、空手家の集団は、沖縄における、「秘密結社」のようになったようです。

武器も、刀以外の農耕器具が、使用されたそうです。


代表的なのが、「ヌンチャク」ですね。

これは、ブルース・リーが、映画で披露したために、中国の武器だと思っている人も多いようですが、もともとは、沖縄の武器です。


「トンファー」というのは、一般の人は、よく知らないと思いますが、「T」字の形の木製の武器です。
30年以上前に、アメリカの警察で、警棒として、正式採用されてから、世界中に広がりました。


何度か書いているので、ご存知の方も多いと思いますが、私自身も、18歳から22歳まで、「空手」をやっていました。

沖縄県那覇市の空手道場で、汗を流していました。

 

途中から、筋トレのほうが、面白くなって、そのまま、力の競技である、「パワーリフティング」のほうに、活躍の場を移しましたが、那覇市の道場で、約4年間、修行しました。

 

「剛柔流」という流派でした。

この流派は、私の母方の曽祖父、宮城長順先生が、体系化した空手でした。



宮城長順先生です。
強そうでしょう。

私の自慢の曽祖父です。


ちょっと読みにくいのですが、書いてある言葉は、

「人に打たれず、人打たず、事なきを、もととするなり」

と、書かれています。

これは、長順先生の遺訓だそうです。

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数年前に、「ジャッキー・チェン」が、リメイク版で主演していますが、もともとの映画、「ベストキッド」の中に、沖縄出身の空手家、「ミスター・ミヤギ」という人物がでてきますが、この人物のモデルでもあります。

ある意味、世界的には、とても有名な日本人だと言えると思います。
ただし、このミスター・ミヤギのモデルである、長順先生のことは、あまり知られていません。
武道や格闘技のマニアの中では、有名人ですが、一般の人は、ほとんど知らないと思います。

懐かしいですね~




長順先生は、私の祖母の父だったのですが、祖母から、いろいろな武勇伝や怪力話をよく聞きました。

子供のころ、一番聞いて驚いたのは、祖母が、銭湯で見せてもらったそうですが、空手の型をしながら、睾丸を身体の中に、腹筋の力で、埋めて見せることができたそうです。

ほかにも、牛の肉を、凄まじい握力で、握ってちぎり取った話など、興味深い話が、たくさんありました。

この長順先生は、当時の沖縄の人たちから、「ブサー・マーグスク(武士の宮城)」と、呼ばれていたそうです。


沖縄に住んでいる方は、那覇市の那覇商業高校の隣に、松山公園という場所があり、そこの公園の中に、宮城長順先生の石碑が建っているので、時間があったら、見てみてもいいと思います。


20歳くらいのころ、その石碑の除幕式があり、ひ孫である私が幕を開けました。
大勢の人の見ている前で、とても誇らしかった思い出があります。
ただ、先祖に、こういう偉人がいると、心理的に、プレッシャーになるというのも事実です。

「よし、自分も、ひいおじいさんに、負けないような男になるぞ!」

こう思った記憶が、あります。



2年前の沖縄旅行では、ここにも、立ち寄りました。
 

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「東恩納寛量」という方が、中国で修行した憲法を、「宮城長順」という私の曽祖父が、沖縄や日本で広めたという意味の記念碑みたいです。
 

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私の曽祖父の称号に、「拳聖」と刻まれています。
たくさんの武道家や格闘家の中で、この称号が刻まれている人は、いないと思われます。
凄い武道家だったようです。
 

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「武」という文字は、「戈を止める」という意味だそうです。
「戈」というのは、「矛(鉾)」のことです。
「槍」や「銛」の意味も、あるみたいですね。
要するに、「武器」です。

つまり、

「武とは、理不尽な暴力や権力を止める行為」

という意味が、込められているそうです。


だから、「格闘技」と「武道」は、違うのです。

「格闘技」が、どちらかというと、ボクシングやレスリングのように、一定のルールのもとで、公平に闘い、技や勝敗を競うことに対し、「武道」は、闘うことが、目的ではなく、あくまでも、無法者や無礼者などの理不尽な横暴や暴力を、止めるための心構えや技を、磨くための道なのです。

自分や社会を、よくしていこうとする道だと、言ってもいいですね。

だから、空手などの武道では、昔から、

「空手に先手なし」

という言葉があるのです。

「なるべく、ギリギリのところまでは、争いごとは避けるようにする。そして、自分からは、絶対に喧嘩など吹っかけない。だが、いざ闘わなければいけない状況になったら、なるべく、自分も相手も、被害を最小限にし、さらに遺恨を残さないように、すみやかに戦いを終わらせる。そのためには、一撃必殺の技を、普段から身に着けるように稽古する。ただ、その技は、一生に一度、使うことがあるかどうかである。使わないにこしたことはない。それを一度も使わないのが、いい人生である」

こういうニュアンスの意味だと思います。


格闘技が、勝負に勝つことを目的に訓練するのに対し、武道は、そもそも勝負自体を、人間の哀しい行為だと考えるものなのだそうです。

だから、もし勝負で勝っても、ボクシングのように、

「アイ アム ア チャンピオ~ン!」

などと、ガッツポーズなどして叫ばずに、負けた相手にも礼をして、しっかりと礼儀をつくし、もしも、相手が亡くなった場合も、供養もするというのが武道なのです。

今でも、スポーツや格闘技なども、大好きですが、やはり、「武道」という言葉には、どこか特別な尊敬や哀愁を感じます。



宮城長順先生については、祖母から、いろいろ話は聴いていましたが、書籍などの記録には、特別に豪快な武勇伝は、残っていません。

若いころは、少しムチャをやったり、暴れたりしたこともあるみたいですが、武道家として、名前が売れてからは、喧嘩をしたりしたことが、ほとんどなかったみたいです。

ただ、長順先生の孫弟子に、「極真カラテ」の創始者、「大山倍達」などの達人がいることなどからも、相当な達人だったことは、予想がつきます。


考えてみたら、若いころはともかく、武道家としてある程度の立場になったら、くだらない喧嘩などしないのが、本来の姿だと思います。

武道家で、武勇伝が、たくさん残っているということは、もしかしたら、それだけ、無益な争いが、多かったということではないでしょうか?

たとえば、居酒屋で、酔っぱらったヤクザに絡まれても、このヤクザをと喧嘩をして、やっつけるのは、同じようなチンピラだと思います。
格闘技の選手だったら、一発ぶん殴って、終りにするかもしれません。

ただ、これが、武道家だったら、すぐにお辞儀をして、お詫びをして、その場から、すみやかに、立ち去るでしょう。
または、ニコニコ笑いながら、相手にも周囲にも、わからないように、痛くないように、やさしく、技をかけて、眠らせるかもしれません。

ヤクザを、ぶん殴ってやっつけたら、武勇伝が残り、周囲から注目されたり、自慢ができるかもしれませんが、お詫びをして、その場から立ち去れば、目立たないし、武勇伝は残りません。
でも、本当の武道の達人は、こういう目立たない行為が、できる人たちばかりだったと思います。

さらに、本当に賢い武道家だったら、そもそも、そのようなヤクザが、絡んでくるような居酒屋には、行かないと思います。
少し高くても、上品で、礼儀をわきまえている人たちが集まるような店で、お酒を飲むかもしれません。
もしくは、酒場など行かずに、家で奥さんや娘と晩酌するかもしれません。
もっと凄い達人になると、健康に悪いと思ったら、お酒そのものを、意志力でやめてしまうかもしれません。

こういう地味な強さは、わかりにくのです。
でも、私は、こういう強さに憧れるし、これが、本当の強さだと思うのです。

前述の長順先生の

「人に打たれず、人打たず、事なきを、もととするなり」

というのは、弟子たちへの最後の遺訓だそうですが、それが、人間の生き方の理想だと思います。

 

 

 

他にも、長順先生の話で、印象的な話があります。

 

 

ある時、弟子の一人が、様々な他流試合で、全戦全勝をして、それを誇らしく、周囲の人たちに、自慢していたそうです。

 

その時に、師匠である長順先生が、この弟子を呼びつけ、珍しく、強く叱ったそうです。

 

「あなたたが打ち負かして、勝ったという自慢話を、もしも、負けた相手、それから、その家族や友人たちが聞いたら、どんな気持ちにあるか、考えてみなさい!」

 

その時の説教が、そういう話だったそうです。

 

世の中には、たくさんの武道家がいますが、弟子に、こうやって、自慢話を戒める師匠は、とても少ないと思います。

まさに、本物の武道家だったのだと思います。


祖母から聴いた話によると、長順先生は、空手の試合や稽古よりも、気をつけていたのは、なんと、「戸締り」だったそうです。

空手そのものよりも、家の戸締りに、一番注意していたそうです。

おそらく、当時、

「長順先生を負かして、有名になっってやろう!」

という喧嘩自慢や腕自慢が、たくさんいたためだと思われます。

そういう無益な争いを避けるため、家族に危害が及ばないために、一番気を配っていたのかもしれません。
これが、「武道」だと思います。

臆病さから逃げるのではなく、あくまでも、無益な争いは、その3歩くらい手前で止める。
これができる人が、武道の達人なのだと思います。

昔からの諺でも、

「君子は、危うきに近寄らず」

と言いますね。


私も、空手をやめてから、パワーリフティングをやっていた頃、武道家では、なかったのですが、いつも、「武道」の心構えが、頭から、離れなかったです。

私の場合は、

「なるべく、人間関係で、もめごとが起こっても、強い腕っ節で、解決しないようにする。できるだけ、穏やかな話し合いで、解決するようにする」

こういうこだわりが、ありました。
なんか、一番得意な腕力で、問題を解決するのは、とても恥ずかしいことだという意識が、どこかであったのです。

「武道」というものを、別の言葉で、言い換えると、

「美学をもって、生きる生き方」

と言っても、いいかもしれませんね。

「ダンディズムのある人生」

と、言ってもいいかな?
 

 


国で考えたみた場合、世界中のほとんどの国は、悲しい事に、まだ、「チンピラ」の段階です。

発展途上国のほとんどは、「チンピラ」か、「腕自慢」や「喧嘩自慢」です。
アメリカやヨーロッパなどの先進国は、「格闘家」のような気がします。


そういう中、日本という国は、唯一、世界でも、「武道家」の国だと思います。


憲法第九条などの平和憲法は、「武道家の精神」を、見事に表しています。
いろいろ改善点も、多いかもしれませんが、これは、武道家の心構えです。

よく、否定的な意見で、

「口先だけで、平和が守れるか?」

という意見を聞きますが、そうではなく、憲法第九条というのは、

「口先だけで、平和を守ってみせる!」

という決意の表現なのだと、思います。


逆に言えば、口先だけで平和を守るには、よっぽど強くなくては、難しいということです。

あと、ずば抜けた賢さも、同時に必要になってきます。

これは、推測ですが、日本という国は、戦後73年くらいの間、

「アメリカの属国だ! いいなりだ! 情けない国だ!」

と国民から、馬鹿にされながらも、73年くらいの間、直接日本の土地を戦場にしなかったり、他国でも直接の戦闘をしなかったことは、もっと高く評価しても、いいのではないでしょうか?

たしかに、情けなさすぎる一面もありますが、それは、部分的なもので、もしかしたら、日本は、居酒屋で、ヤクザから、喧嘩を、吹っかけられても、謝って潔くその場を立ち去るような、武道家の姿勢を、73年ほど、やっていたのかもしれません。

ただ、この強さは、わかりにくいです。
武勇伝も残りません。

もしかしたら、戦争が起こりそうな、3歩くらい前で、くい止めていたのかもしれませんが、地味な動きなので、歴史にも残らないでしょう。
この日本の姿勢や強さに、世界中が気がついて、感動するのは、もしかしたら、100年後の22世紀になってからかもしれません。



2年前の沖縄旅行では、私が昔、お世話になった道場も、訪問しました。

久しぶりに、お世話になった先輩たちも会いました。
考えてみれば、私の現在の精神力は、ここで、鍛えられたんですよねー


もうあれから、30年くらいになります。
ここで稽古して、汗を流したのは、青春の思い出です。
 

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道場内には、宮城長順先生の銅像もありました。

 

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いろいろな訓練具です。
これで、うんと鍛えました。
 

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巻き藁です。
 

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ここからが、本題です。

最近、面白いことに、気が付いたのです。

 

 

見てください。

これは、武道の神様だそうです。

神棚に置かれていますね。
 

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わかりましたか?

 

もう一度、旅行記の中の写真と説明文を、掲載しますね。

 

 

古代において、奈良県の吉野で、修験道の開祖だと言われている、「役小角」が、人祖であり、自分の祖先でもあった、若い頃の「イザナギ」の姿を、桜の木を使って、木彫りの仏像を作ったそうです。

それが、「蔵王権現」だそうです。

 

現在でも、それは、吉野の「蔵王堂」に置かれているのです。

そして、この頃から、多くの人々が、吉野の里に、桜の木を植えるようになり、現在の桜並木の土地になったそうです。

 

去年、「蔵王堂」にも、立ち寄りました。

 

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これは、別の人が彫った仏像ですが、全ての「蔵王権現」の仏像に共通しているのは、片足で立っていることです。

 

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最初は、意味がわからなかったのですが、ちょっと考えたら、わかりました。

下半身がヘビの形なのです!

「エンキ」ですね~!

 

「片足で立っている」のではなく、「下半身がヘビ」だったということです。

「宇賀神」でも、あったということです。

 

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当時の人々は、素の姿の「イザナギ」の姿を見て、

 

「片足で立っている」

 

と思ったのだと思います。

 

 

 

ハイ!

 

そうです。

 

「武道の神様」の正体も、この神様だったのです。

 

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つまり、心が優しすぎる、自分の子孫である、「天照派」の人々に、

 

「もっと強くなりなさい! 人を攻撃する必要はありませんが、自分の身くらいは、自分で守りなさい。理不尽な悪人から、家族を守りなさい!」

 

こう思って、教えたのが、「武道」だったのではないでしょうか?

 

「自分からは、手を出さないが、理不尽な暴力は、それを制する技は、常にもっていて、いつでも使う用意がある」

 

こういう姿勢を、教えたのが、「武道の神様」であり、日本人、それから、全ての人類の父である、「イザナギ」であり、「エンキだったのかもしれません。

沖縄では、「シネリキヨ」ですね。

 

 

こうなります。

 

「イザナギ」=「イザナギ」=「宇賀神」=「蔵王権現」=「シネリキヨ」=「武道の神様」

 
いや~!
面白すぎますね!

 

 

結論です。

 

つまり、「武道」というのは、人類の父である神様から、子である人間たちへの厳しくて優しい、素敵な「プレゼント」だったのかもしれないということです。

 

 

 

 

 

☆恒例の「ボツになった写真集」です。

ストーリーの関係上、掲載できなかった写真たちです。

特に深い意味はありません。

 

 

 

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