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天照シークレットツアー 8 小舟

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関東には、「補陀落渡海」の痕跡が、たくさん残っています。

 

あたまえのことですが、もしも、和歌山県の砂浜から太平洋に出て、そのまま、海の藻屑になっていたら、これほど多くの痕跡は残っていないはずです。

 

間違いなく、「補陀落渡海」の僧侶たち、つまり、「天照派」であり、日本人の始祖である、イザナギとイザナミの子孫である、本当の天皇家の人々は、死なずに、西日本から、「小舟」に乗り、東日本という新天地で、新たな人生を歩み始め、彼らの理想郷をつくったのだと思います。

 

それが、「江戸」という町であり、「江戸時代」だったのです。

絶対平和主義の「天照派」の子孫たちがつくりあげ時代だったから、260年くらい平和だったのです。

 
江戸時代に、「お伊勢参り」というのが流行りましたね。
 
「一生に一度は伊勢詣」
 
昔は、こう言われたらしいです。
 
他にも、「熊野詣」もありましたね。
 
「伊勢へ七度熊野へ三度」
 
とも言われていたそうです。
 
実は、あれの本当の意味は、大いなる里帰りだったのです。
 
旅行記の最初の頃に書きましたね。
日本人の始祖である、イザナギとイザナミが、最初に結婚式を挙げたのが、伊雑宮だったことを…
そして、熊野から、「補陀落渡海」で、東日本へ亡命してきたことを…
 
江戸時代の人々は、DNAの中に、その記憶があり、その記憶が、騒いだのかもしれません。
 
「本当のお父さんとお母さんの故郷に帰りたい! 自分の魂のルーツに帰りたい!」
 
この気持ちが、「お伊勢参り」や「熊野詣」だったのかもしれません。
 
伊勢から始まった、生粋の日本人である、「天照派」の人々が、熊野の那智から、小舟で関東に流れ着いて、「江戸時代」をつくりあげ、そして、その時代に、天下泰平になった頃、故郷の伊勢に、また帰りたくなった。
こう想像したら、また、じわじわと感動の波が湧き上がってきました。
 
壮大なスケールの歴史物語が、ここで生まれていたのですね。
 
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最初に大きな拠点にしたと思われる土地も、東京にあります。
ここから、江戸時代が、始まったと思われる所です。
 
 
再度、おさらいしますね。
 

西日本から小舟に乗って、少しづつ長期間にわたって、東日本の地に移住してきたパイオニアたち、彼らのグループは、イザナギとイザナミを始祖とする子孫たちで、彼らは、最初の38人の子供たちの子孫でもあり、長男の名前が、「別雷尊」。

これは、生まれた時に、身体が、「丹生」という宇宙エネルギーで輝いていて、まるで、身体に雷が落ちた時のように発光していたから、この名前だったそうです。

現代風の表現では、「凄いオーラの持ち主」というかんじですね。

 

 

「天照派」のグループは、関東地方において、いくつの地点から上陸したようですが、ある時期に、東京のある場所で、一堂に会する機会があったと思われます。

 

なんと、その場所は、「浅草」だったようです!

有名な「雷門」です。

 

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「昔は、このあたりに、よく雷がよく落ちたから、雷門というのかな?」

 

私は長年、そう思っていたのですが、違うのです。

38人の子供の長男だった、「別雷尊」の名前から、これは、名付けられたのだと思います。

 

「別雷尊のグループの拠点だった場所」

 

それが、「雷門」の場所なのだと思います。

 

「天照派」のグループの拠点が、ここにもあったのだと思います。

 

 

ここの参道を歩いていて、一番驚いたのが、これです。

最初の「雷門」の次の門です。

 

なっ、なんと!

デ~ンと大きく、「小舟町」と書かれているではないですか~!

今までに、これの意味に気が付いた人が、どれくらいいたんだろう?

 

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見てください!

 

「小舟に乗って、関東にやって来た人々が住んでいた町」

 

こう言っているのです。

 

 

実は、日本国内において、隠している秘密などないのです。

歴史の秘密は、どうどうと目の前に提示しているのです。

 

問題は、

 

「それの意味を、正しく解釈できるかどうか?」

 

だったのです。

 

 

 

浅草の近くに、「日本橋小舟町」という名前の街もあります。

 

現在は、東京都中央区の地名になっていて、昔は、日本橋区にあたる日本橋地域内だったそうです。

地名に、「日本」がついている所は、それほどたくさんはありません。

まさに、ここが、「日本」の発祥だったのです。

「邪馬台国」や「大和」や「倭」ではなく、「日本」という共同体が、形作られたのが、ここだったのかもしれません。

 

「小舟町」=「日本」

 

こう言ってもいいくらい、「補陀落渡海」で東日本に向かった、「天照派」の人々、つまり、愛と平和の一族が、日本の礎を固めたのだと思います。

 

「古代において、日本という国は、小舟から始まった!」

 

この驚愕の史実は、これから、少しづつ広がっていくかもしれませんね。

 

 

 

先月、仲のいい友人と一緒に、「小舟町」のあたりを散策しました。

JR東京駅から、歩き始めたのですが、足元に、「円錐」の形の石が、たくさん置かれていたのに気が付きました。

 

 

 

まさに、「天照派」の拠点だったのですね。

改めて、それに気が付きました。

 

 

 

 

では、そろそろ、二つ目の秘密の扉を開いていきますね。

 

 

地図を見ながら、いろいろまわりました。

 

日本銀行です。

この時は、改装工事をしていました。

 

 

 

隣にある「貨幣博物館」にも立ち寄りました。

 

 

 

館内は、撮影禁止なので、写真はありませんが、ここで初めて知ったことが、たくさんありました。

 

 

一つ目の話です。

 

「金座」

 

この単語は、知っていましたか?

あまり知らないと思います。

一般的に、「銀座」は、よく知られていますが、「金座」の存在を知っている人は、少ないですね。

 

 

江戸時代の地図です。

青い部分は、「皇居」のお濠と川です。

 

「本町一丁目」の左側の土地が、現在の「日本銀行」です。

つまり、現在の日銀の敷地内に、「金座」があったのです。

 

 

 

実は、ここで、「金貨」である「大判小判」をつくっていたそうです。

 

 

 

「慶長小判」です。

 

 

 

わかりましたね。

日本の錬金術師たちは、ここが拠点だったのです。

そのグループの正体が、「補陀落渡海」によって「小舟」でやってきた、「天照派」の人々だったということです。

そして、彼らの住処が、「小舟町」だったのです。

 

「どういう人たちが、日本の紙幣を印刷しているのだろうか?」

 

この素朴な疑問について、あまり考えたことはないと思います。

 

「天照派」の人々は、長い弾圧の歴史の中で、なるべく目立たないように、しかし、押さえるべき権力は、しっかりと掌握して、いざという時には、その権力を発動する時もある。

こういう姿勢を持っているようです。

 

 

二つ目の話です。

 

「銀座」

 

この土地は、現在では、ショッピング街として有名ですが、実は、江戸時代には、「銀貨」がつくられていたそうです。

 

「銀貨がつくられていた土地」

 

この意味もあったそうです。

 

 

これを見た時に驚きました。

見てください!

 

「豆板銀」という銀貨だそうです。

 

 

 

ハイ!

「補陀落渡海」の「小舟」ですね。

 

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さらに、三つ目で、こういう土地もあったそうです。

 

「銅座」

 

ここは、「大阪」と「長崎」が、主な拠点だったそうですが、「江戸」にも支店のような所があったそうです。

 

「銭貨」

 

これをつくっていたそうです。

写真は、江戸時代を通じて一番使われた銅貨だそうです。

「寛永通宝」と呼ばれるもので、銅がメインですが、鉄製や真鍮製なんかもあったそうです。
 

 

 

これは、「銭形平次」で有名になりましたね。

 

 

 

 

この日、散歩していて、さらに面白いことに気が付きました。

 

「日銀」の建物を、上空から撮影した写真だそうです。

よく、「円」の文字の形だと言われていますが、私には、別のものに見えました。

 

 

 

中央の部分が頭部で、両側が両腕に見えませんか?

さらに、口が閉じられていて、頭頂部に、一本角があるように見えませんか?

 

ハイ!

口を閉ざした狛犬、「エンキ」ですね。

 

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これは、「日銀」の近くにある「東京証券取引所」です。

ここでも、記念撮影しました。

 

 

 

横からの写真ですが、これは、何に見えますか?

 

 

 

すぐにわかりましたね。

口を開けている狛犬、「エンリル」ですね。

 

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まとめると、現代においては、こうなるのです。

 

 

〇「金座」=「日本銀行」=「口の閉じた狛犬(エンキ)」=「お金が出てくるところ」=「IN」

 

〇「銀座」=「銀座のショッピング街&東京証券取引所」=「口の開いた狛犬(エンリル)」=「お金が動くところ」=「OUT」

 

 

日本の「お金」というのは、このように、「IN」と「OUT」の流れがあり、「陰」と「陽」の関係になっているのです。

面白いですね。

 

最近では、「仮想通貨」なども広がってきているので、また新しい別の流れもできそうですね。

 

 

「日銀」のあたりは、現代の日本の中心なのですが、この近くには、有名な「兜町」という土地もあります。

そこには、「銀行発祥の地」と書かれた、小さな記念碑もあります。

 

 

 

そこから、徒歩1分くらいの所には、「郵便発祥の地」もあります。

 

おそらく、ここは、「補陀落渡海」の時から、始まっていると思います。

つまり、「聖徳太子」が、東日本に派遣していた忍者たちが、ここから、西日本と密かに、連絡をとりあったのが始まりなのかもしれません。

 

 

 

 

「小舟町」という街には、なにもありません。

大きなビルもないし、大きな会社もありません。

 

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「皇居」や「日銀」から、徒歩5分くらいの超高級地でありながら、地味なのです。

近くには、「三菱」や「三井」、それから、「三越」などの「三」の文字が入る財閥系の建物もあります。

 

これほどの土地が、普通の商店街や住宅街に見えるというのが、凄いのです。

ここまで地味な土地は、東京の超がつく中心地で、ここだけだと思います。

 

ちょうど、ここだけ、ポッカリと穴が空いたようになっているのです。

 

もしかしたら、「江戸時代」には、この町が、アメリカの「ワシントンD.C.」やイギリスの「シティ・オブ・ロンドン」のように、ある種の特別区だったのかもしれません。

 

 

住所なども珍しく、「丁目」の設定のない単独町名だそうです。

 

 

 

 

この町の近くに、小さな神社もあります。

「椙森神社」です。

 

 

 

拝殿の前でも、記念撮影しました。

 

 

 

名前に、「森」が入っていることから、もしかしたら、大阪にある、「鵲森宮」とも関係あるかもしれません。

「聖徳太子」が創建した神社ですね。

 

 

「三つ巴」の瓦です。

 

 

 

拝殿の前には、「補陀落渡海」の「小舟」、それから、「黒潮」を表現していると思われる石碑もあります。

 

 

 

正面からです。

 

 

 

「小舟」が、黒潮をかき分けて進んでいるように見えませんか?

 

 

 

このあたりの土地では、この神社を中心にして、お祭りもあるそうですが、写真の神輿は、私には、「補陀落渡海」の「小舟」に見えます。

 

調べると、日本においては、「神輿」というもの自体は、かなり昔からあるのですが、文献に記録として書かれ始めたのは、奈良時代で、710年くらいからだそうです。

ちょうど、「補陀落渡海」が始まって、しばらくしてからの時期ですね。

 

そもそも、「神輿=補陀落渡海舟」だったのです。

 

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「三つ巴」のマークがありますね。

 

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もう一度、「補陀落渡海舟」です。

四隅に、朱い鳥居があるのに注目してください。

 

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さらに、ここから、ちょっと歩いた所には、「小網神社」という神社もあります。

鳥居の前で、記念撮影です。

 

 

 

ここには、小舟に乗った弁天様がいました。

「アカウミガメ」だと思われる亀も、一緒ですね。

「黒潮に乗ってきた補陀落渡海舟」ですね。

 

 

 

 

結論です。

 

「日本の金融や郵便など、この国の中枢の組織には、昔、補陀落渡海で渡って来た人々の子孫、つまり、本当の天皇家である、天照派が深く関わっている」

 

こういうことです。

 

 

 

次回、「天照シークレットツアー」、感動のフィナーレです。

 

 

 

 

 

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