沖縄では、この機会に、いろいろな御嶽、それから、神社や寺などのパワースポットをまわりました。
どこも、興味深いところばかりでした。
学生時代、なんとも思わずに、その前を通り過ぎていた、神社や寺などの本当の意味がわかって、とても面白い旅になりました。
これは、那覇市首里にある、「安国寺」というお寺です。
この寺の門も、「三つの扉」を表現していますね。
「天照派」のシンボルです。
お寺の瓦も、「三つ巴」でした。
このお寺の正面は、首里高校です。
この近くには、「首里観音堂」もあります。
「補陀落渡海」と関係ある寺の名前ですね。
この寺の門も、「三つの扉」になっていました。
那覇市の泊には、「崇元寺」というお寺の跡もあります。
沖縄戦で、ほとんどが焼失したのですが、三連アーチ型の石門は、現在でも残っていて、重要文化財で歴史的建造物に指定されているそうです。
記念撮影です。
ここの門をくぐって、中に入ったのも、今回が初めてでした。
大きなガジュマルの樹に、感動しました。
この門の中に、こんな御神木があったのですね~!
前回、「三つ巴」の話をしましたが、沖縄には、他にも面白い「巴の紋」が、いくつかありました。
「安里八幡宮」の近所にある寺、「神徳寺」にも立ち寄りました。
「徳」の文字が入っているので、もしかしたら、「聖徳太子」とも、関係があるかもしれません。
「神徳寺」は、八幡宮の別当寺として建立されたそうです。
戦前は、この二つは、同じ丘に、仲よく建っていたそうです。
記念撮影しました。
ここの本堂の瓦が、ユニークでした。
見てください!
真ん中に、「十字架」があり、その周りを、「四つ巴」が、回っています。
「四つの巴」とは、どういう意味でしょうか?
私の脳裏に、浮かんだのは、
「もしかしたら、4種類の遺伝子のシンボルなんじゃないかな?」
ということでした。
ご存知のように、遺伝子の本体である、「DNA(デオキシリボ核酸)」の塩基成分には、
「アデニン(A) 」、 「チミン(T)」、「グアニン(G) 」、「シトシン(C)」
こういう4種類があって、これらは、「二重らせん構造」を作り、遺伝情報を伝える際に、重要な働きをするそうですね。
「4」という数字は、人類の想像に、一番深く関わった、「エンキ=イザナギ」のシンボルでもあります。
また、私は、「塩基」という単語は、「エンキ」が、語源だったのではないかと、推測しています。
私の実家の近くには、「識名宮」という神社もあります。
ここも、「琉球八社」の一つです。
子供の頃から、この近くに住んでいたのですが、ここには、生まれて初めて行きました。
拝殿です。
至る所に、「三つ巴」のシンボルがありました。
ビックリしたのは、この神社の神紋が、「五つ巴」だったことです。
日本全国、たくさんの神社をまわりましたが、「五つ巴」は、とても珍しいと思いました。
しかも、真ん中には、「菱形」のシンボルがあります。
これも、「エンキ=イザナギ」に関係していると思います。
さて、ここでも、考えてしまいました。
「五つ巴」とは、なんでしょうか?
私は、すぐに、
「五色人のことなんじゃないかな?」
と、推測しました。
ご存知のように、太古の時代、人類の祖先には、大きく分けて、5種類の人種がいて、そこあら、人類の歴史が始まったというい伝承があるのです。
一説によると、こういう区分です。
黄人=アジア(日本、中国、朝鮮、モンゴル)
赤人=アメリカインディアン、ユダヤ、アラビア、エジプト
青人=北欧、スラブ
白人=ヨーロッパ全般
黒人=アフリカ、インド、アボリジニ(オーストラリア)
もしかしたら、「五つ巴」は、これらの5つの人種のシンボルの意味も、含まれているのかもしれません。
他にも、いくつか解釈できます。
「三つ巴」と「四つ巴」と「五つ巴」は、もしかしたら、「龍の指」も、表現している可能性があります。
ある人から教えていただいた話です。
「日本の龍」の指の数=三本
「琉球の龍」の指の数=四本
「中国の龍」の指の数=五本
こうなっているそうです。
もしかしたら、この意味もあるかもしれませんね。
これは、オマケの話です。
最近、古代史の話をする友人、ゆかさんと、東京都内にある、忍者カフェに行った時に、面白いアイデアを、二人で、シェアしました。
都内の忍者カフェです。
この店の壁に、「手裏剣」が、飾られています。
その手裏剣を、二人で眺めながら語り合いました。
「もしかしたら、神社の神紋は、忍者の手裏剣と、何か関係あるんじゃないかな?」
これは、最初に、ゆかさんが思いついたアイデアなのですが、この壁の手裏剣を見ていたら、確信に変わりました。
そして、今回の沖縄旅行で、「三つ巴」や「四つ巴」や「五つ巴」の形を見たら、本当にそうだと思いました。
「三つ巴」の形を、手裏剣にしたと思います。
これは、「四つ巴」だと思います。
そして、これが、「五つ巴」ですね。
わかりましたか?
つまり、忍者たちにとって、「手裏剣」というのは、実は、武器ではなくて、現代でいえば、ヤクザなどが、背広などに付けている代紋だったのかもしれません。
夜の暗闇の中で、闘うことが多かった彼らは、先に、お互いの手裏剣を投げ合い、それから、暗い空間で、その手裏剣を手探りで、確かめ合い、それから、相手が、敵なのか味方なのかを見極めてから闘い、同士討ちを防いでいたのではないでしょうか?
こうやって、裏の歴史を、いろいろ考えると、楽しいですね。
那覇市には、他にも、「琉球八社」の一つ、「天久宮」もあります。
小雨の降る中、ここにも立ち寄りました。
鳥居の前で、記念撮影です。
拝殿です。
隣には、「権現堂」があります。
ちなみに、「権現(ごんげん)」とは、日本の神の神号の一つだそうです。
「権」という文字は、「臨時」や「仮」という意味で、
「仏が仮に、神の形を取って現れた」
という意味だそうです。
「神道の神」も「仏」の仏」も、源は、同じだということですね。
この建物の中に、興味深いものがありました。
正面の壁にかかっている、三つの垂れ幕のようなものを、見てください!
一つ一つを、拡大します。
「三つ巴」の中に、「一」の文字がありますね。
「二」の文字です。
それから、「三」の文字です。
わかりましたか?
「一(ひ)」と「二(ふ)」と「三(み)」という意味です。
「一二三神示(ひふみしんじ)」です!
別名は、「日月神示(ひつきしんじ)」ですね。
つまり、「天久宮」は、「日」と「月」が、隠されたシンボルマークだったということです。
繰り返しますね。
「太陽」と「月」の二つで行われる天体ショーが、「日食」なのです。
そして、さらに、その象徴は、
「一旦、暗闇になり、それから、再び光の世界が復活する」
これは、「天の岩戸」の「天照大神」です。
つまり、「天照派」のシンボルなのです。
また、「復活」というのは、「キリスト」のシンボルでもあります。
だから、「日」と「月」で表現されるシンボルは、
「キリスト」=「天照大神」=「天照派」
こうなるのです。
もう一度、「千葉神社」の神紋を、思い出してください。
これも、熊野から、補陀落渡海で、房総半島に辿りついたグループのシンボルでしたね。
そして、これは、沖縄県民であれば、誰でも知っている、「沖縄県」のシンボルです。
ハイ!
現代において、「沖縄県」こそが、「天照派」の本部になっているのです。
断っておきますが、物理的に、団体や組織があるわけではありませんよ。
そんな名前の事務所など、どこにもありません。
そして、「古事記」などに書かれている、「天照大神」とも、少し意味は違います。
これは、私の個人的な定義です。
沖縄で生まれ育った人間、それから、沖縄が大好きで、移住したり、観光に来た人々の、魂の中に、「愛」と「平和」の遺伝子を、そっと宿していく。
そういう霊的な意識が、「天照大神」のスピリットなのです。
そして、「天久宮」に隠された、本当の御祭神が、この神様なのだと思います。
「天久宮」の「天」の文字は、広い意味での「天照大神」だと思います。
次回、「沖縄ニライカナイツアー」、感動のフィナーレです。
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